腕時計をつける人は減っているのに、なぜ価格は上がり続けるのか?
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- 7 時間前
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「非合理な悦び」こそが、明日を生きる大人のエネルギー源

「時間はスマホで見ればいい」
そんな声が当たり前になり、街中で腕時計を巻かない人が増えた令和の今。
普通に考えれば、需要が減れば価格は下がるのが経済の原則です。
しかし、現実は真逆。高級時計の価格は天井知らずで、
かつて「頑張れば買える」と思っていたモデルが、今や「手の届かない高嶺の花」になっています。
この奇妙なパラドックスの正体は何なのか?
2026年現在の視点で、その裏側を紐解いてみましょう。
1. 「実用品」から「腕に巻く芸術」への完全なシフト
かつて腕時計は、時刻を正確に把握し、遅刻をしないための「生活必需品」であり、
社会人としての最低限のマナーを示す道具でした。
しかし、その役割は今や、ポケットの中にあるスマートフォンが完璧に、
しかも「無料」で肩代わりしています。
1秒の狂いもない原子時計と同期した時刻が手に入る現代において、
腕時計の存在意義は180度転換しました。
現代の腕時計は、時刻を知るためのツールを卒業し、
「自分の生き方や美学を、無言で表現するための工芸品」へと脱皮したのです。
かつてウブロやブランパンを再興させた伝説の経営者、ジャン・クロード・ビバーが
「今時、誰が腕時計で時間を確認するんだい?」と語ったように、
高級時計の価値は「正確さ」という機能を超越した領域にあります。
ブランド側も、もはや大量生産・大量消費のビジネスモデルを捨て、数世紀にわたる歴史、
職人の研ぎ澄まされた哲学、そして一本の時計に宿る「物語」を売る戦略へと舵を切りました。
私たちが支払っている高価な対価は、単なるパーツの集合体に対してではなく、
そのブランドが守り続けてきた「無形の芸術性」に対してなのです。
2. 容赦ない「2026年の製造コスト」の高騰
価格上昇の背景には、ブランドの戦略だけでなく、笑えないほどシビアな現実的コストの増大があります。2026年現在、時計を取り巻く製造環境はかつてない困難に直面しています。
原材料の暴騰: ケースやムーブメントに使用される金(ゴールド)や
プラチナといった貴金属の市場価格は、世界情勢の不安定化に伴い、歴史的な高騰を続けています。
さらに、最新の高級機に欠かせないセラミックやチタン、カーボンといった特殊素材の精製コストも、
エネルギー価格の上昇によって押し上げられています。
熟練工の争奪戦: 数百もの極小パーツを0.01ミリ単位で調整し、
複雑な機械式ムーブメントを組み上げる「時計師」は、世界的に極めて希少な存在です。
彼らの育成には膨大な歳月が必要であり、ベテランの引退に伴う人材不足は深刻です。
一流の技術を確保するための賃金上昇は、そのまま製品の末端価格にダイレクトに反映されます。
通貨の壁と円安: 私たち日本のファンにとって最も痛手なのが、
スイスフランの強さと、依然として続く円安の二重苦です。
本国での価格改定に加え、為替による上乗せが避けられない日本市場では、
もはや「数年前の常識」が通用しないレベルでの価格改定が容赦なく繰り返されています。
3. 「投資対象」としての過熱と、歪な市場構造
そして、現代の時計市場を語る上で避けて通れないのが、高級腕時計が「趣味の品」を超え、
「持ち運べる資産(ポータブル・アセット)」として認識されるようになった点です。
「高級時計は価値が落ちにくい、あるいは数年持っていれば購入価格を上回る可能性がある」
という認識が定着したことで、純粋な時計愛好家以外のプレイヤーが大挙して市場に押し寄せました。
世界的な富裕層の増加に伴い、デイトナのような象徴的なモデルは、
もはや「腕に巻く銀行口座」とも呼べるほどの流動性と資産価値を持つに至っています。
「実際に腕に巻いて楽しむ人(実需層)」の数は、確かにかつてより減っているかもしれません。
しかし、それ以上に「所有することで利益を得たい、あるいは資産を守りたい人(投資層)」が
世界規模で膨れ上がっています。
この「供給が需要に追いつかない、かつてないほど歪なバランス」が、
正規店での入手困難を招き、中古・並行市場の価格を異常なまでに押し上げているのです。
4. それでも、私たちが「時計」を求める理由
結局のところ、時計が高くなるのは、それが
「効率一辺倒の世の中に対する、最後にして最大の贅沢」になったからです。
スマホという「他人と繋がるための道具」に支配されがちな日常の中で、
あえて手間と金がかかる機械式時計を腕に巻く。
それは、誰にも邪魔されない「自分のための時間」を取り戻す行為に他なりません。
不便で、高価で、愛おしい。
そんな「非合理な悦び」こそが、明日を生きる大人のエネルギー源になるのですから。



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