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年代で腕時計の選び方は変わるのか?

  • 執筆者の写真: TAKE
    TAKE
  • 6月25日
  • 読了時間: 4分

筆者の遍歴から振り返る、審美眼の正体


20代から現在まで、時計と共に歩んできた道のりを振り返ってみると、

驚くほどその景色は移り変わってきました。

特別な専門知識をひけらかすわけでもなく、ただ時計という機械が大好きで、

がむしゃらに駆け抜けてきた一人の時計好きとして、

私の恥ずかしくも愛おしい「時計遍歴」を少しお話しさせてください。


1. 20代:憧れの具現化。ROLEXという魔法にかけられて

20代の頃の私にとって、腕時計とは「ROLEXであること」がすべてでした。

今のように正規店に時計がないといった異常な状況ではなく、

中古市場を覗けば自分の手で選べる自由があった時代。

当時の自分にとってROLEXはステータスであり、社会という荒波へ踏み出すための

背中を押してくれる鎧のような存在でした。

難しい着けこなしなど考えもしなかったけれど、とにかくROLEXが好きで、

4桁のスポーツモデルを片っ端から手に入れては楽しみました。

気がつけばコンプリートしていましたが、結局いつも腕にあったのは、

デイトナ、エクスプローラーI、IIといった相棒たち。

あの頃、初めて手にした高級時計を腕に巻いた瞬間の高揚感や

「自分も一人前になれた」と感じたあの震えは、今でも昨日のことのように思い出せます。


2. 30代:デザインへの開眼と、自分を探した試行錯誤

30代に入ると、ブランド名という「記号」から少しずつ距離を置くようになりました。

高級時計であれば作りが良いのは当たり前。

それならば、「今の自分に本当に似合うのはどれか」という、

内面的な満足感を追求するようになったのです。

この時期、シャネルのJ12をはじめ、ブルガリのディアゴノクロノ、アルミニウム、

ブルガリブルガリクロノ、そして現在も変わらぬ相棒であるカルティエのサントス100と出会いました。

当時の私は、アメカジやバイカーファッション、あるいはモードなスタイルやスーツまで、

実に幅広い服装を楽しんでいました。

どんな服を着ても、腕元の時計が自分の延長線上で輝いているか。

そんなふうに、自身のライフスタイルとデザインを融合させる試行錯誤こそが、

今の私の時計選びの確固たるベースになっています。


3. 40代〜現在:フィジカルな審美眼と、「サイズ感」という絶対基準

40代を迎えると、高級志向はさらに高まりました。

ウブロのクラシックフュージョンやパネライ、そして運命の出会いとも言えるロイヤルオークなど、

時計好きなら一度は憧れる名機たちを手にする機会にも恵まれました。

しかし、ここで私の時計観を大きく変える「こだわり」が生まれました。

それは、「サイズ感」というフィジカルな美学です。どれほどブランドとして歴史があり、

デザインが優れていても、腕に乗せた時の収まりが違えば、冷静に「自分には違うな」と判断を下す。

この引き算の美学を身につけたことで、欲しがるだけの時期から、

本当に自分に馴染むものだけを選ぶ大人の審美眼へと、一段引き上げられた気がします。


4. そして今:市場評価から解き放たれる「好き=メイン」という境地

40代後半から現在にかけて、不思議なほど心が軽くなるような変化がありました。

これまで自分の中には「高い時計がメインで、安い時計はサブ」という、

見栄に縛られた暗黙のルールがありました。

しかし今は、「好きこそがメイン」という原点に帰ってきました。

あれほど多くの高級時計を見て、所有し、語り合ってきたのに、ある時ふと気づいたんです。

「俺ってやっぱり、最初からカルティエのデザインや、サントス100のフォルムが心底好きなんだ」と。

かつてはサブ機として扱っていたはずのサントス100が、巡り巡って不動のメインの座に返り咲きました。


市場の評価や価格なんて、今の私には関係ありません。

自分が愛せる時計こそが、腕元で一番輝くメイン機である。そんなふうに気持ちが整理できてから、

時計選びが驚くほど自由に、そして楽しくなりました。

時計の遍歴とは、そのまま自分の人生の写し鏡のようなものですね。

皆さんの場合は、年齢を重ねるごとに時計との向き合い方はどう変わりましたか?

もしよろしければ、ぜひ皆さんの人生を共に歩む「相棒」の話を聞かせてください。

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